3月21日開催予定の子ども寺子屋中止のお知らせ

正福寺子ども寺子屋

今年度最後の3月22日に開催予定だった子ども寺子屋ですがコロナウイルス拡散防止の観点から中止することにしました。

楽しみにしてくれていたキッズたち、ごめんなさい。

誰かの家に遊びに行くのと寺子屋やるの何が違うの?とも言えますが、やはり国が方針を出してそして江津市が学校を休みにしてみんなで痛みに耐えている中、うちが主催して子どもを集めてしまうというのは、大丈夫大丈ばないに関わらずルール違反かなって。

もちろん、学童保育とか塾とか子どもが集まるところは普通にやってるから別にいいじゃんという気持ちもありますが、やっぱり国家レベルの話で自分ははみ出しますなんてのは違うかなと思うので今年度のラストを飾れないのは残念ですが今回は中止します。

そして来年度のことはちょっとまだわかりません💦

予算と都合が付けば通年でやりたいと思うけどまだはっきりしません。

でも夏休みの寺子屋は来年もやるつもりなので大いに期待していいですよ(^_-)-☆

というわけで、3月22日の寺子屋中止のお知らせでした。

コメント

  1. バネリッチ より:

    こんにちはー。
    MAKO住職も世の中の流れには勝てませんでしたかー。残念ですね。
    私もせっかく、3月1日に仙女の選手の皆さんにいろいろと労ってもらったのに・・・。その次からの週末の予定が、ことごとく中止or延期になっています(涙)
    3月8日のトップリーグ観戦も、29日の福島でのコンサートも・・・15日に泰里選手を見届けに埼玉まで行こうと思いましたが断念。涙ナミダでは語れない3月となってしまいました。ついでに私事ですが、昨日チビを連れて通っている学習塾の面談に行きました。惨憺たる成績に見かねて、今後の生活を見直すために一喝し、予定表を書かせましたが・・・どうなるんでしょう?なんか・・・私だけカラまわっている感じがして。MAKO住職は泰然自若として、子どもさんのことを見つめていらっしゃると思いますが・・・ホントどうしましょう。なんか、最近気持ちが不安定で申し訳ないです。コロナのせいかな・・・。       ナミダ・・・いや、ナマンダブ

    • MAKO MAKO より:

      >バネリッチさん
      国が国民にこうしようと言ってみんなが痛みに耐えて頑張っている時なので仕方がないですよ💦
      逆にこんな時に全部のイベントやめるって寂しいから私はやりますっていうのはどうかなと思います。踏ん張るしかないです。
      うちもおちびが致命的にヤバいです💦
      四年生にもなって未だ平仮名がパーフェクトじゃなく・・
      大福を皮から作ったり料理的なことは凄くできるのですが悩みどころです。
      良い所を伸ばすべきか、弱点を潰すべきか、私もホント悩んでますよ💦

  2. バネリッチ より:

    こんばんはー。
    今しがた、ウチの息子に英語を教えてきましたが、単語の発音と意味が絶望的です。と言いつつも、結局面倒見てこなかった親に責任があるわけで。教えてて本当に反省しきりです。MAKO住職のご子息同様、ウチのも台所に立つのは苦ではないようです。長所を伸ばし、短所を克服させるのは難中之難です。
    真宗が一同に、同じ道を歩むことは大事なことです。ただ最近、高◯親鸞◯の動きがやや気になるところですけど。
    このような状況の中、仙女がイベントを開催したり、FACEで試合を行うのはやはり大きな震災を実体験したからだと思います。震災が起こって、選手が離ればなれになって・・・いろんな苦労があってのことです。愛海選手に勝ったアジャ選手が話したマイクコメントにはグッときます。震災から1年後、地方の会場で「震災がナンボのもんじゃい!」と絶叫したときには涙しました。仙女の選手と同様にそれだけ思いを寄せているのですね。明日で丸9年・・・        合掌

    • MAKO MAKO より:

      >バネリッチさん
      こんばんわ。
      私も小学校が休みになり、貰ったテキストで漢字の復習したらほぼ出来て無くてどう覚えさせようか途方に暮れています(苦笑)
      今日で丸9年が経ちました。
      ずっと法務で外に出ていて、16時にお参りに行ったときにその家のおじいさんが、御院家さん大変なことになっているから見てみなさいと言ってお経を読むのも忘れて2人でずっとテレビを見ていました。ちゃんと理解するまでホントに何かの演出だと思うくらい理解の範疇を超えた映像でした。
      結局19時くらいまでいたのですが、そのおじいさんも亡くなりました。
      あの苦しみは被災した人じゃないと分かりません。
      遠く離れた場所で映像しか見ていない私に言えることはありませんが、どんな結末を迎えようと苦しみも悲しみも喜びも全てを超えた世界が私たちにはあるというのだけは心に持ち続けていたいです。