3種類のAIに浄土真宗の教えをプロレスで例えて貰いました

MAKOさんの随想
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MAKO
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どうも、森のお坊さんでお馴染みのMAKOです。(@Jewelry__angel )

AI凄いね。

いいのか悪いのか分からないけど凄い。

科学は何処まで行くのだろう。

ずっと先の未来まで見てみたいけど、命には限りがあるから無理。

惜しい事よ。

それで最近色々とAIで遊ぶのですがタイトルにあるようにAIに浄土真宗の教えをプロレスで例えて貰いました。

GeminiとGrokとチャットGTPそれぞれに。

これがホント凄い。

よくもまあ、一瞬でこんなことが書けるもんだ。

少し修正したらホントにプロレスファンが分かるように浄土真宗の法話が出来てしまうかもしれない。

それはそれで面白いかもしれない。

それぞれに載せてみたのでどんな風にプロレスで例えているのか比べてみると面白いです。

なので他のスポーツやアニメにも例えられるので法話の幅がよくも悪くも広がるかもしれない(笑)

あくまでAIがやった事なのでエンタメとして読んで下さい。

浄土真宗の教えをプロレスで例えるというのは、非常にユニークで面白い試みですね! 親鸞聖人の「他力本願」という核心部分を、プロレスのリングに置き換えて解説してみます。


1. 私たちは「超・弱体レスラー」

まず、私たち(衆生)は、リングに上がっても自分一人では技一つ出せない、体力ゼロの**「超・弱体レスラー」**だと考えます。 自力で修行して悟りを開こうとするのは、ガリガリの素人が一人でチャンピオンベルト(成仏)を獲りに行くようなもので、浄土真宗の視点では「それは無理だよ」とバッサリ言われます。

2. 阿弥陀如来は「最強のタッグパートナー」

そこで登場するのが、**阿弥陀如来(あみだにょらい)という、宇宙最強のレスラーです。 彼は「お前が弱くても、俺が代わりに戦って、必ずお前をチャンピオンにしてやる」という「本願(プロレス的な契約)」**を勝手に結んでくれています。

3. 「他力」とは、究極のタッチ交代

浄土真宗の教えで最も重要なのは、自分で戦おうとするのをやめて、背後にいる最強のパートナーにすべてを任せることです。

  • 自力(じりき): 自分がボコボコにされながらも「まだ自分で投げられる!」と意地を張っている状態。

  • 他力(たりき): 「すみません、もう無理です!」と阿弥陀様にタッチすること。

タッチした瞬間、阿弥陀様がリングに入り、あなたの代わりにすべての敵(悩みや迷い)をなぎ倒し、あなたを抱えて勝ち名乗りを上げてくれます。

4. 「南無阿弥陀仏」は「阿弥陀コール」

私たちが口にする「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」という念仏は、技を出すための呪文ではありません。 これは、場外で見守ってくれている最強パートナーへの**「阿弥陀コール」**です。

「阿弥陀さん、お願いします!(南無阿弥陀仏!)」と叫ぶことで、私たちは「自分は一人で戦っているんじゃない、最強のパートナーがついているんだ」という安心感を得るのです。

5. 試合結果は「最初から決まっている」

プロレスには「ブック(シナリオ)」があると言われることがありますが、浄土真宗も少し似ています。 阿弥陀様が「お前を必ず救う」と決めた時点で、「救われる(往生する)」という結末は100%確定しています。

私たちはリングでジタバタしますが、実はすでに阿弥陀様という最強のマネージャーが「勝利(成仏)」へのチケットを握らせてくれている状態なのです。


まとめると…

浄土真宗とは、**「自分が弱すぎて試合にならないことを認め、最強のタッグパートナー(阿弥陀如来)に試合の全権を委ねて、悠々と勝ち名乗りを受けるのを待つ」**という、究極の「お任せプロレス」なのです。

Grok

浄土真宗の教えをプロレスで例えると、こんな感じになりますよ!リング = この世(娑婆世界)

  • みんなが必死に戦ってる場所
  • 技をかけたり、受けたり、逃げたり、痛がったり、調子に乗ったり、逆転されたり…まさに「自力」の世界

あなた(凡夫) = プロレスラー(特に中堅〜下位カードの選手)

  • 「俺は強くなりたい!」「この試合は絶対勝つ!」と毎日練習して、筋トレして、技を磨いて、ベルトを狙ってる
  • でも試合になると、相手が強すぎたり、コンディション悪かったり、予想外の反則くらったりして、結局負けることがほとんど
  • どんなに努力しても「俺の力で勝つ!」とはなかなかならない…これが自力本願の限界

阿弥陀如来 = 最強のヒール返り(もしくは謎の覆面レスラー)で、しかも試合前にすでに「俺がお前を勝たせる」って約束してるやつ

  • 普通のプロレスなら「勝ち負けは実力次第」だけど、この試合だけルールが違う
  • 阿弥陀さんがリングサイドから「お前はもう勝ってるから、後は俺に任せろ」ってマイクパフォーマンスしてる
  • 選手(あなた)がどんなにボロボロになっても、どんなに「俺はダメ人間だ…」とマイクで泣き叫んでも、阿弥陀さんは「それでいい。それが本当のお前だ。俺が全部引き受ける」って言い続ける

念仏 = 「南無阿弥陀仏」のゴング音 / セコンドのタオル投げ / もう戦わなくていい合図

  • 自分で技をかけるのをやめて、「もう俺じゃ無理だ…阿弥陀さん、よろしく…」とリング中央で膝をついて「南無阿弥陀仏」と叫ぶ瞬間
  • その瞬間から試合は「阿弥陀さんが全部やってくれる試合」に変わる
  • 見た目はまだボコボコにされてるように見えても、結果(往生)はもう決定済み

ポイント(決め手になる技)

  • 他力本願のラリアット:自分で殴るんじゃない。阿弥陀さんが背後から全力でラリアットかけてくれる。だから力が全然違う。
  • 悪あがきスープレックス禁止ルール:いくら「俺が!俺が!」と暴れても、結局阿弥陀さんの「もういいよ」の一言でマットに沈む(救われる)。
  • 3カウント:死ぬ瞬間。レフェリー(死)が「1、2、3!」って数えるけど、そこで負けじゃなくて勝ちが確定する(往生)。

つまり浄土真宗の試合展開は……「俺は弱いし、いつも負けるし、努力してもダメだった……」
→ 「もういい。俺が勝たせてやるから、念仏だけ唱えてろ」
→ 「えっ、でも俺なんか……」
→ 「いいから黙って南無阿弥陀仏って言え!」
これが終わった瞬間、リング上で阿弥陀さんがベルトをあなたにかけてくれる(極楽往生)。プロレスファン的には一番悔しいはずの「俺は何もしてないのに勝った」試合が、浄土真宗では最高に有り難い試合なんですよね。

チャットGTP
🧭 浄土真宗 × プロレスの世界観
● 人間(私たち)= 弱小レスラー
どれだけ努力しても、どうしても勝てない相手(煩悩)を抱えている。トレーニングしても、作戦を練っても、根本的に“勝ち抜く力”が足りない。つまり「自力ではチャンピオンになれない」状態。● 煩悩= 強すぎるヒール(悪役レスラー)
しかも常にリングに乱入してくる。

反則技も使うし、逃げても追ってくる。

どうやっても太刀打ちできない存在。

● 阿弥陀如来= 圧倒的な実力を持つトップレスラー(絶対王者)
しかも“味方”として助けに来てくれる。

こちらが弱くても、失敗しても、裏切っても見捨てない。

「お前はもう救われている」と宣言してくれるような絶対的パートナー。

● 念仏(南無阿弥陀仏)= タッグパートナーへのタッチ
自分が戦って勝つんじゃなくて、
「阿弥陀さん、お願いします!」とタッチする行為。

そのタッチを受けて、阿弥陀如来がリングに飛び込み、
ヒール(煩悩)を圧倒してくれる。

● 救い= すでに勝敗が決まっている試合
浄土真宗では「救いはすでに決まっている」と説く。

つまり、試合開始前から“阿弥陀如来の勝利”が確定している。

私たちはその勝利に「乗っかる」だけ。

🏆 まとめると
浄土真宗は、

「自分の力で勝とうとするんじゃなくて、
圧倒的な味方(阿弥陀如来)に任せて救われる」

という教え。

プロレスで言えば、

“絶対王者とタッグを組んで、
自分では勝てない相手に勝たせてもらう物語”

なんだよね。

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